受け持ち患者のAさんは、河内晩柑の生産者だった。肺炎で入院していたAさんは、食べると発熱し、絶食と食事再開を繰り返すうちに体力が低下し、1か月後には寝返りを打つこともできなくなった。
入院当初は「食べたい」と繰り返し訴えていたAさんは、体力の低下とともに経口摂取を拒否するようになった。そんな中、医師が家族へ病状を説明し、残された時間の中で食べたい物を食べさせて良いと提案した。Aさんの妻は、Aさんに繰り返し問いかけたが、Aさんから「食べたい」という言葉はでなかった。
1週間後、足浴をしながら柑橘栽培について話していると、「畑の晩柑が食べたい。」とAさんがつぶやいた。翌日、Aさんの妻が持参した果汁をスプーンで口に運ぶと「うちの晩柑やない。」とAさんは目を閉じてしまった。
親戚も手伝ってくれる人もなく、畑の晩柑はそのままになっていた。夜勤明けにAさんの妻と2人で登ったAさんの畑は、たわわに実った晩柑があたり一面を黄色に染めていた。
それから、「死ぬのは分かっとる。ビールが飲みたい。」と言った肝臓癌のBさんや「家でスイカが食べたい。」と言った食欲不振で入院したCさんの声に応えた。2人ともそれがお食い締めになった。2人の「生き返ったよ。」「娘に食べさせてもらってスイカの味が分かったよ。」という声を聞きながら、傍らで泣いていた家族の姿が忘れられない。
先日、2回目の認定看護師資格の更新審査を終えた。「あなたの食べたい物は何ですか?」その思いに応えられるように、今後も実践を積み重ねていきたい。